新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

新幹線のみかん

新幹線のみかん
 
  新幹線、お盆、混んでいる。
 
ですよね、新幹線、お盆とか、年末とか、連休とか、混みますよね、僕は、一人で、座っていたわけで、実家から東京に帰ろうと、ね、
 
ナノカ
うん、私、は、前の方で、一人で、座っていて、
 
二人席なんだけど、一人で座っていたわけで、この人も、二人席なんだけど、一人で座っていて、つまり、互いに隣に空席があるってことなのね、
 
ナノカ
なんだろう、何を考えていたのだろう、私は実家で、嫌なことがあったわけでもなく、めっちゃ楽しかったわけでもなく、義務として、年に一回はちゃんと帰っとかないといけねえかねって義務として、義務を果たして、なんだろう、何を考えていたのだろう、疲れていたことは確かなのね、新幹線、って、疲れますよね?
 
新幹線、うん、疲れるね、新幹線乗るまでが疲れるね、あのお土産屋とか食べ物屋とか、密集してる待合スペースを潜り抜けてくるだけで疲れるね、
 
ナノカ
あと自由席、
 
そう自由席疲れるね、人多すぎて座れないんじゃないかって不安を常に背負わされたままなの疲れるよね、かといって、指定席にしても、なんか間違えて、なんかのはずみで、指定の電車に乗れないなんて事態が発生するのではないかって不安で疲れるよね、
 
ナノカ
そこまでは考えないけど、
 
あ、そこまでは考えないか?
 
  早苗、雅紀、乗ってくる。
  雅紀、早苗、大量の荷物を持っている。
 
早苗
あ、ここー、ひとつづつ空いてる。
 
雅紀
あいあいさー、
 
  雅紀、荷物を荷だなにスムーズに乗せて、ナノカの隣に座る。
  早苗、タツミの隣で荷物を荷だなにモタモタと乗せようとしている。
 
雅紀
大丈夫?
 
早苗
えー、手伝ってえ、
 
雅紀
もうー。
 
  雅紀、早苗のもとへ、
 
あのう、
 
早苗
はい?
 
変わりましょうか?
 
早苗
え?
 
変わりましょうか?席?
 
早苗
え、いいんですか?
 
あ、いいですいいです、僕そっち移動しますよ、
 
  と、タツミ、準備始める。
 
早苗
え、ありがとうございます。
 
雅紀
うわー、いい人ー。ありがとうございます。
 
  と、雅紀はナノカの上の荷だなに置いた荷物を移動させる。
 
  タツミ、ナノカの隣にそそくさと座る。荷物は少ないらしい。
 
  早苗と雅紀、隣り合って座る。
 
  あー、やっと落ち着けた、ってあの新幹線の自由席に座った直後の雰囲気を放ちながら、ヒソヒソと喋り合っている。
 
  しばらくの間。
 
 
あーーーーー、いいことしたなああああああ、って清々しい気持ちになりたかったのに、なんだろう、いいことしちゃったなあああああ、って後悔みたいなものがあって、それは、きっと、隣に、変わった先の席の隣の人が、あ、うわ、あ、なんだ、結構、なんだ、いいな、雰囲気、好きだな、いいなって人で、あ、うわ、あ、なんだ、あ、うわー、今の親切の一部始終をもちろん見られていたかー、ってな、わけで、ここから名古屋、静岡、新横浜と親切人間のイメージで、この、あ、なんか、いいなって人の隣でガタンガタンと無言を続けないといけない状態になったわけで、あ、いや、別にいいんだけど、別になんも気にすることないんだけど、ああああーー、いいことしちゃったなああああああって、でもしなくてもよかったなあああああ、って後悔、でもないんだけど、どうでもいいんだけど、そんなこと考えていたところでね、
 
雅紀
あのう、
 
と、さっきの、多分夫婦の、夫のほうが、
 
雅紀
あのう、
 
って、はなしかけてきて、はい?
 
雅紀
これ、良かったらどうぞ、
 
って、良いか悪いか考えさせる時間もなく、薄いビニールに入ったみかんを5個、渡されていて、その人は颯爽と僕が元々座っていた席に戻って行って、ああ、ありがとうございます。
 
  タツミ、みかんを一つ手に取る。
 
めっちゃ見られてて、なんか、隣の人、めっちゃこっち見てて、もちろん、顔、見れないから、どんな顔してこっち見てるのか、わかんないんだけど、めっちゃこっち見ていて、みかん、なのか?俺、なのか?それともそもそも見てはいないのか?俺を通り越した先の通路を挟んだ三人席スペースの人を見ているのか、少なくともこっち側を見ているのは確かだなあって思いながらみかんを剥いているのね、俺の両手、あ、これ、まずいか、みかんの匂いプンプンさせちゃうか、あ、あんま良くないか、新幹線の自由席でみかんの匂いプンプンさせちゃうのは流石にマナー違反か、そんなわけないか、みんな駅弁とかめっちゃ食ってるよな、みかんぐらいなんてそのよな、いや、でもめっちゃ見られてる、めっちゃ見られてるのは確かぞよ、この圧は、一応、一応、謝っとくか。あのう、すみません、
 
ナノカ
え?
 
すみません、みかんの匂い、プンプンさせちゃって、
 
ナノカ
いえいえ、大丈夫ですよ、わたし、めっっっちゃみかん好きなので、
 
あ、めっっっちゃみかん好きなんですね、好きでもなく、めっちゃ好きでもなく、めっっっちゃみかん好きなんだったら、流石に、あれだな、あげといたほうがいいよな、って5個あるし、みかん、いります?
 
ナノカ
いいんですか?
 
って食い気味に、いいんですかって言われたわけだけど、え、この人ちょっとみかんくれるかもっておもってたくない?って一瞬だけ疑惑の念を持ってしまったけど、いいよいいよ、もちろんもちろん、いいよいいよ、一緒にみかん食べましょうよ、つまらない帰路、つまらない風景、つまらない新幹線内のああ、疲れたって雰囲気漂う車内を僕らのみかんのフレーバーでリセッシュさせてあげましょうよ、とまではもちろん言ってないけど、ああ、どうぞどうぞ、
 
ナノカ
ありがとうございますー。
 
  タツミ、ナノカ、並んでみかんを剥いている、
 
関係性を持ってしまうってことが、どれだけ面倒くさいことか、僕はわかっていて、しかしながら、興味本意で、全然知らない人に話しかけてみたい欲望はやっぱり常にあって、それは、この人が、なんかいいから、とか、そういうアレだけじゃなくてね、例えば、銭湯で、俺の住んでるアパートの近所の銭湯で、京極夏彦の文庫本を湯船浸かりながら読んでるロン毛のお兄さんがいたのよ、で、これが、よく会うのよ、頻繁に見かける、こっちは、あ、京極兄さんだってもう勝手に名前つけてるからね、アンテナ張ってるから、すぐ察知するわけ、街中とかでも会ったことある、あ、京極兄さんだって、でも、向こうは俺のこと知らない、ここで、やっぱり、話しかけてみたい欲望が生まれるわけだけど、いやちょっと待ってよと、俺別に京極夏彦のこと全然知らないし、怖い人だったらどうしよう、変な勧誘されたらどうしよう、いや、そもそも、一度話しかけてしまったら僕たちはもう、元の関係には戻れないぞよ、銭湯で会うたびに何か話しかけなければならない義務みたいなの背負ってしまうかもしれません、て、なんだろう、面倒さ、と興味、との引っ張り合いのもと、もちろん、面倒さ、が勝ってしまうわけで、どうでしょうか、この場合、みかんをあげてしまったってかなり、面倒なことでもあるような気がしないでもないのですが、
 
ナノカ
剥き方、うまいですね。
 
あー、昔から、これだけは自信あるんですよ、ってああ、かなり面倒なことになってる。剥き方、下手ですね、
 
ナノカ
ええー、そういうこと言います?全然知らない人に向かって、
 
って、あ、楽しい、このやりとりなんか楽しい、
 
ナノカ
お名前とか、聞いてもいいですか?
 
あ、やばい、面倒な渦のど真ん中に引き込まれていってしまいそう、タツミです。
 
ナノカ
ナノカです。
 
あ、楽しい、めっっっちゃ楽しい、名前言い合っただけなのにめっっちゃ楽しい。
 
ナノカ
なんか、いいですね、親切して、みかんもらって、それ、なんか、共有してもらえて、めっっちゃ美味しいし、
 
めっっっちゃ楽しい、うわ、めっっっっっちゃ楽しい、うん、めちゃいいですよね、なんか、こんな気分、初めてで、
 
ナノカ
めっっちゃレアですよね、めっっちゃレアな時間に今、いる気しません?
 
わかる、わかるけど、例えば、これが、深夜の公園とか、夕暮れの海とか、なんかめっっっちゃなんでもできる時間と場所だったらもっと僕らはめっちゃハジけることもできたと思うんだよね、風とか感じて、うわ今生きてるー感感じて、それこそ、ワンチャン、恋仲とかもありえたかもしれない、だけど、今、新幹線だしね、整えられたクーラーの風感じても何にもならない、夕陽に叫びたいけど、こんなとこで叫んだら大変だよね、連行されちゃうでしょ、駅員に、だけどめっっちゃ楽しい、めっっっちゃ楽しかったはずなのに、もちろん、ね、ガタンガタンと沈黙が続いていて、みかん、食べて少し話しただけで、僕らは、互いの名前とみかんの向き方の上手さだけを知り合っただけで、ガタンガタンと、沈黙が続いていて、あのう、もう一個、いります?
 
ナノカ
いやあ、流石に、それは、悪いです。
 
あ、はい、どうも。
 
 
  無言が続く。