新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

12月のコンビニ譚

★登場人物紹介
雅紀、待ち合わせの十分前には着いてるタイプ。
早苗、待ち合わせの十分後に慌てて来るタイプ。
 
 
早苗
むかーし、むかし、ではないか、いまーのいま、いま、現在の今、と、言ってもちょっと前の今、とある男が生きていました。男は、ただただ生きているといった具合で、やりたいことも特になく、熱中したいことも特になく、家族を構えたいと思う心もなく、家賃二万五千円の1kの狭い一室で、長いことコンビニで働いていました。
 
雅紀
ピッピっピッピっ
 
早苗
男の勤務は夜10時から朝6時までで、だけど時折早朝勤務がいない時は9時まで出勤することがありました。
 
雅紀
いらっしゃいませー。
 
早苗
女は早朝勤務で働いていました。なので男とは入れ替わりで交代することが多かったのですが、時折男が朝9時までの勤務の時、女のシフトは6時から9時までだったので、一緒に終わることがありました。
 
雅紀
ただいまスパイシーチキン揚げたてです、いかがでしょうかー、
 
早苗
いかがでしょうかー、
 
  早苗、おでんを作っている。
 
雅紀
おでん、美味しそうですね、
 
早苗
え、美味しそうですか?パックされたの切って入れてるだけじゃないですか。
 
雅紀
夜勤やっていると、クッタクタに煮込まれてボロボロになった、竹輪とか、大根とか、見るから、作りたての、汁が透き通ってるおでん、見ると、心も洗われますよ。
 
早苗
へー、
 
雅紀
うん。
 
早苗
へー、良いですね、良い、感性ですね、
 
雅紀
いやあ、
 
早苗
女は正直その時、こいつ何言ってんだ、早くトイレ掃除しろよ、朝のピーク来ちまうだろ、早く外掃除も終わらせろよ、って思ってたんだけど、仕事終わって、そのコンビニで買った缶コーヒーを一口飲んでふうとなった時、よくよく考えてみると、おしゃれなこと、おしゃれでもないか、妙に残っている男の言葉を思い出していたのでした。
 
雅紀
おでん、の、大根に、黄金色のつゆをかける君が、好きだ。
 
早苗
というような告白を朝、仕事終わり朝9時のコンビニの駐輪スペースでされた女は、ないないないないー、って思って、へー、
 
雅紀
うん。
 
早苗
へー、ありがとう、なんか、なんか、嬉しいよ、じゃあ、
 
雅紀
あのう、これ、
 
早苗
え、何?
 
雅紀
持って帰れるかな?
 
早苗
え、何、
 
雅紀
プレゼント、
 
早苗
と、言われて渡されたのはラッピングされているけど、ラッピングされたものの中で見たことないガミガミした形のプレゼントで、開けてみたら木彫りの熊が入ってた。
 
雅紀
可愛いですよね、
 
早苗
可愛い?言われてみれば、可愛い?かしら、
 
雅紀
あ、あんまですか、
 
早苗
いやー、そんなことない、そんなことないよ、
 
雅紀
熊、好きって言ってたから、
 
早苗
それは、キャラクターの熊ね、こういう本格的なのもらったの、はじめてだから戸惑っちゃってて、正直女の恋愛対象として男は全く入る気がしなかったのですが、その他諸々のエキセントリックな言動により女はジワジワと男への興味が湧き起こっていて、考えてみれば、変なこと言うし、変なプレゼントされるけど、悪い人じゃないよね、ってなって、先月別れた男のひどさに比べてみると良い人ってところでは申し分ないんだけど、良い人って、ねえ、どう思う?
 
登喜子
良い人なんだったら良いじゃない。
 
早苗
登喜子さあー、良い人は良い人だけど良い人を求めてるかって言われるとまた別じゃない、
 
登喜子
じゃあ何、早苗は、悪い人を求めてるの?
 
早苗
悪い人を求めてるわけじゃないけど、
 
登喜子
良い人ってのが一番良いのよ、良い人の中にも悪い人がいるんだから、もちろん悪い人の中にも良い人はいるわよ、だけど度合いね、つまり、良い人だと思ってた人の中の悪い人を見たらめちゃくちゃ悪く感じるでしょ、反対に悪い人だと思ってた人の中に良い人を見つけたらめちゃくちゃ良い人に感じるでしょ、恒常的に良い人を感じたいかどうかじゃないかしら、私は恒常的に良い人を感じたいけどなあ、
 
早苗
ふーん、
 
登喜子
恒常的に悪い人を感じる日々なんて私、耐えられないわ、
 
早苗
へー、この時女は正直、うるせえな、何ミチミチミチミチ言ってんだ、こいついつもそうだなて思っていて、その後も友人登喜子はチミチミしたことを言いながら見事な焼き肉奉行っぷりを見せてくれたのだけど、帰り道、自転車で、十二月の冷たい空気が肺に入ってきた時、会いたいって呟いていて、会いたいって四文字の息は、正確に言うと、会い、と、たい、という二発の弱い息で、微かに口の前を濁らせて、はーってゴジラゴジラーて遊んだ小学生の時のことを思い出しながらはーって、消えていく、白い、はーっを見ながら、さて、会いたいとは誰に会いたいのだろう、あの男でないことだけは確かなのだけれども、しかし、はーっ、この、はーっ、白い息を、はーっ、一人で楽しむのはもったいないですぞ、
 
早苗、雅紀
はーーー。
 
早苗
って、はーーって男に電話したらすぐさま最寄り駅まで電車でやってきて、はーーって一杯二杯ひっかけて、はーーって終電逃して、はーーって最後まで行って、最後、これ、のこと、なんで最後って言うのだろう、女からしたら、それがはじまりにしか思えなくて、つまりまだはじまっていなかったものをはじまらせたという気持ちなんだけど、男からしたら最後まで行ったよー、て、多分思っていて、木彫りの熊が、私の部屋で、私たちを見ていて、魚咥えながら見ているんだけれど、
 
雅紀
どうする?
 
早苗
は?
 
雅紀
どうする?
 
早苗
男は、どうする?俺たち?って多分言ってきてて、もっと言うとどうする?俺たち?付き合っちゃう?を恥ずかしさからか面倒臭いからか、どうする?の一語で終わらせようとしていて、女からしたらそんなどうでも良いこと本当にどうでも良かったんだけど、俺たち?付き合っちゃう?って、言葉本当にどうでも良いし、本当に、むしろ聞きたくないぐらいだし、省略してくれてありがとうって言っても良かったはずなのに、女からしたら、その省略された言葉、俺たちさんと付き合っちゃう君がこの世に出てこなかったこと、息として発射されなかったこと、白く濁らなかったこと、もちろんそこは、外の帰り道でも子供の時の通学路でもなくて、女の部屋のベッドの中で、暖かな毛布の中で、天井のなんとも言えない暗い色した天井を見ていて、暖色系の毛布の中から顔だけ出している中、息が白く濁るなんてあり得ないことなんだけど、だけどもっと濁りが見たくて、ちゃんと言葉で濁らせて欲しくて、もちろん、男はある意味で濁らせようとしたくてどうする?の一語で済ませて俺たち君と付き合っちゃうさんを飲み込んだってことなんだろうけども、もっともっとそんな濁りとは違う濁りで、多分、私たち、透明な、透き通ったもの、見えないんだよ、って、俺たちッチと付き合っちゃっぺのこと考えていたら涙くんが出てきて、多分、
 
雅紀
どうしたの?
 
早苗
って多分、男は私に対して嬉しいから泣いているのか、とか、どうせ勘違いしていたと思うんだけど、はーーって、何度も吐きかけても濁らない息を見ながら、はーーって、してたら、大きなゲップが出て、今日食べた焼き肉やらビールやら焼酎やらいろんなものが混ざった臭いが口の中で炸裂して、臭かった、めでたしめでたし。

登喜子
え?

早苗
臭かった、めでたしめでたし。

登喜子
臭かったくだりいる?

早苗
いる。

終わる。