新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

終わりの会

登場人物紹介
三年二組の一同、三沢小学校の明るく愉快な仲間たち。

「終わりの会」

日直1
これから、終わりの会を、はじめたいと思います、起立。礼。


一同
よろしくお願いします。


日直1
着席。


日直2
委員会から何か連絡がある人いませんか?


日直1
係から何か連絡ある人いませんか?


日直2
今日あった、良かったこと、悪かったこと、ある人いますか?


山岸さん
はい。


日直2
はい、山岸さん。


山岸さん
今日、田畑くんが、トイレのスリッパを、きれいに並べていました。田畑くん、ありがとう。


一同
田畑くん、ありがとう。


田畑くん
いえ、自分は人として当然のことをしただけでありまして、乱れているスリッパを正しく並べるというのは、人として当然のことでありますので、そないに感謝されるようなことでは決してありませんのです、


日直1
ほかに、今日あった、良かったこと、悪かったこと、ある人いますか?


飯山さん
はい。


日直1
はい、飯山さん。


飯山さん
今日、森崎くんが私のおさげの髪を引っ張りました。とても痛かったです。森崎くん、謝ってください。


日直2
森崎くん、どうですか?


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
聞こえません。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
もっと大きな声で言ってください、


田畑くん
ま、ま、飯山さん、彼も謝っているのだから、許してやってくだされよ。


飯山さん
聞こえません。


田畑くん
え、私の声も聞こえないんですか?


飯山さん
もっと大きな声で言ってください。


田畑くん
ま、ま、ま、飯山さん、彼も謝っているのだから、許してやってくだされよ。


飯山さん
なんでですか?


田畑くん
なんで?


日直1
田畑くん、今は飯山さんと森崎くんの時間なので、何か発言がある時はちゃんと手をあげてください。


田畑くん
すみませんでした。はい。


日直1
はい、田畑くん。


田畑くん
森崎くんは謝りました。ちゃんと言葉にしてごめんなさいと言いました。それは確かに小さなごめんなさいでした。だけども彼にもプライドがあるのです。この一歩は人類にとって大きな一歩だという名言がありますでしょうに。彼のこの小さなごめんなさいには、とてつもなく大きな気負いを含んでいるのであります。反面、声が大きければ良いのかという問題もあります。大きな声でごめんなさいと言われたとして果たして本当にごめんなさいされたと思えますでしょうか。彼にとってはこの小さなごめんなさいこそが、心のこもったごめんなさいだったのです。ここで問題なのは声の大きさではなく真心です。同意される方は拍手願います。


パラパラと拍手が起こる。


田畑くん
ありがとうございました。ありがとうございました。


飯山さん
涙をたれても良いでしょうか?


田畑くん
飯山さん、決して泣いてはいけません。涙はここでは爆弾です。この3年2組という僕らのユートピアが焼け野原になってしまいます。


飯山さん
痛かったです。おさげが痛かったです。おさげ以上に引っ張られるものが私の体についているのだということが痛かったです。私は朝から。一生懸命に三つ編みに結いました。 おさげを垂らすためです。髪をいじくらないこともできた。自然体のナチュラルな髪形でいることもできた。だけど私はわざわざ髪を三つ編みにして、頭から垂らしていたのです。可愛いと思ったからです。美奈子ちゃんも知美ちゃんも可愛いと褒めてくれると思ったからです。実際、美奈子ちゃんも知美ちゃんも可愛いと褒めてくれました。私は今日、このために生きていたのです。私の心は有頂天。だけど森崎くんは言いました。海老みたいだな。わーい、海老がはねてるぞ、海老海老海老海老。そして私のおさげを引っ張りました。グイグイグイグイ引っ張りました。痛かったです。おさげが痛かったです。おさげ以上に海老の尻尾が私の頭からはえているという事実が痛かったのです。私は復讐を思いつきました。終わりの会で言ってやろう。終わりの会で謝らせてやろう。これは復讐なのです。ごめんなさいの声の大きさなんてどうでもいいことだし、そこに真心があるかどうかもどうでもいいことです。大事なのは、森崎くんをいかに苦しめることができたか、いかに辱めることができるか、いかに復讐ができたか、ただそれだけなのです。森崎くん、謝ってください。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
聞こえません。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
もっと大きな声で言ってください。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
もっと小さな声で言ってください。


森崎くん
ごめんなさい、


飯山さん
もっと心をこめて言ってください。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
もっとフランクに言ってください。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
もっと優しく言ってください。


森崎くん
ごめんなさい。


飯山さん
全然ダメ、全然ごめんなさいできてません、


田畑くん
ま、ま、ま、飯山さん、森崎くんは充分、あなたの辛かったことを含めて充分謝りましたよ、


飯山さん
田畑くんは黙っててください。


田畑くん
あ、すみません。


飯山さん
田畑くんも謝ってください。


田畑くん
あ、え、何故ですか?


飯山さん
田畑くんは森崎くんをかばいました。つまり森崎くんの仲間だということではないでしょうか。すなわち私のおさげを海老だと思っているのではないでしょうか。実行に移していないだけで、私のおさげを引っ張りたくて引っ張りたくてしょうがないのではないでしょうか。ひどく残忍です。まだ森崎くんの方が可愛げがあります。純粋に、素直に、引っ張りたいという欲に忠実に生きているし、思ったことをフィルターを通さずに言ってしまう様は晴れ晴れとさえします。ありがとう。森崎くん。ごめんなさいね。長々と付き合わせてしまって。もう座って。さて。あなたです。田畑くん。トイレのスリッパをきれいに並べてた田畑くん。トイレのスリッパをきれいに並べるって何?だからなんなの。トイレのスリッパをきれいに並べることがこの3年2組終わりの会で褒められる事象として扱われていることに異議を申し立てます。トイレのスリッパをきれいに並べたって世の中から争いごとは無くならないし、貧しい人々もいなくならないし、政権交代するわけでもなければ、誰かを喜ばせることもできません。トイレのスリッパはトイレする時に履くためにあるのです。並べるためにあるのではありません。これからはトイレのスリッパをきれいに並べることを禁止しませんか?彼らは英雄ではありません。この世界に英雄はいません。トイレのスリッパをきれいに並べることで英雄になれるのであれば、世界中みんながみんな、もっともっと特別なオンリーワンな英雄です。トイレのスリッパは並べる必要がありません。むしろトイレのスリッパを並べる必要がない社会を作るべきではありませんか。密告しましょう。密告システムを作りましょう。トイレのスリッパをきれいに並べるすなわちトイレのスリッパをきたなく置いてく奴らがいるのです。皆さん。彼らを密告しましょう。そして罰を与えましょう。戒めを与えましょう。トイレのスリッパをきたなく置いてく奴らとトイレのスリッパをきれいに並べる奴らを共に罰しましょう。ご聴講の皆さん、如何でしょうか?同意くださる方は拍手願います。


大きな拍手が沸き起こる。


田畑くん
そんな馬鹿なことってありますかい。


飯山さん
ああ、なんて素敵な拍手でしょう。私は音楽には無頓着で生きてきたけれども、今日の拍手ほど素敵な音楽はないわ。踊っちゃいましょう。踊っちゃいましょう。みんな、うふふふふ。


田畑くん
そ、そんな馬鹿なことって、ありますかい。


日直1
決定ですね。これからはトイレのスリッパをきたなく置いてく奴らときれいに並べる奴らを罰しましょう。


日直2
罰し方は何がいいか、考えがある人いますか?


正井
シッペ、


今井
肩パン、


東出
デコピン、


今下
ババチョップ、


芹沢
ハイドロポンプ


今下
ハイドロポンプ


芹沢
ハイドロポンプ


今下
ハイドロポンプて何?


芹沢
知らないの?水タイプ最強の技。


今下
いや知ってるよ、知ってるけど、ハイドロポンプ、打てるの?


芹沢
打てるよ。


今下
打てるの?


山岸さん
うわあああああああ、、、


日直1
山岸さん、どうして泣いているんですか?


山岸さん
あああああああああ、、、


日直1
山岸さん、泣いてちゃわからないです、何か発言を。


飯山さん
山岸さんはこれまで、十二回もスリッパをきれいに並べてた人物を紹介してきました。なのでこれからは最前線の密告者として活躍が期待されるところなのですが。


田畑くん
う、うわあああああああ、、、


一同、沈黙。


日直1
これで、


山岸さん
うわあああああああああ、


日直1
終わりの会を、


田畑くん
うわあああああああああ、


日直1
終わりたいと、


森崎くん
うわあああああああああ、


日直1
思いま、


山岸さん
うわあああああああああ、


日直1
すうわああああああああ、


日直2
起立、


一同
うわああああああああ、


日直2
礼、


一同
うわああああああああ、


日直2
うわああああああああ、


一同
うわああああああああ。


チャイムの音がなる。


飯山さん、悲鳴とチャイムの音楽に合わせて踊っている。
頭から垂れ下がるおさげの髪が、海老のようにユートピアを泳ぐ。


終わり。