新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

椅子

 
 
★登場人物紹介
奈良井、いろんな仕事してる。
峰、カップ麺の容器を集めるのが趣味
 
 
 
  舞台に大きな椅子、この場にそぐわない、豪華なしつらえ。
  峰、ぼーっとタバコを吸いたそうな顔で中空を見ている。
 
 
  奈良井、入って来る。
 
 
奈良井
お座りください。
 
はあ
 
奈良井
適正試験を始めます。
 
 
奈良井
適正試験です。
 
適正試験とかあるんですね?
 
奈良井
あるに決まってるじゃないですか?
 
え、あ、これ、間違ってませんよね?、俺、電信柱に貼ってる美人マダムの相手したら日給十万円ってのに応募して来たんですが、、
 
奈良井
間違いじゃないですよ、
 
それに適性試験があるんですか?
 
奈良井
そうですね、マダムも適してるか適してないかで言ったらやっぱり適してる人と会いたいとのことですので、
 
へえー、なんかもっと怖い人とか出て来るのかと思ってました。
 
 

奈良井

もちろん、以前のマダムはこんな適正試験なんかせずに自ずから応募者と会って自ずから自ら自分的に満足いくであろう相手を自らの目で見て決めていらっしゃいました。しかしながら、ある事件をきっかけに自分の目を自ずから信じなくなってしまったのです。もちろんのこと、人間ってのは表面的に見えるその人の印象と、心の奥に潜むその人の思惑とがだいぶ乖離している生き物ですよね、その表面の虚構に気づくことができる人種と気づくことができない人種がいるのだとマダムは言います。よって、より客観的に、自らの主観的な判断をしなくていいように、この適正試験を開発したのです。客観の中の客観、情報の中の客観の中にこそ、その人自身が映るのだと、その情報分析のもと、マダムにあなたが適しているか否か、スーパーコンピューターふじさんが決定いたします。
 
へえー、すごいね。
 
奈良井
お座りください。
 
あ、はい、
 
 
  峰、椅子に座る。
  椅子、揺れる。
 
 
あ、なんか揺れてますね、
 
奈良井
はい、揺れるんですよ、この椅子。
 
生きてるみたいですね、
 
奈良井
またまたあ、変なこと言わないでくださいよ。
 
 
  椅子、微かに動く。
 
 
あれ、動いてませんか?この椅子、
 
奈良井
またまたあ、椅子が動くわけないじゃないですか。
 
ですよね。椅子が動くわけないですよね。
 
奈良井
椅子が動いたら、あれですよ、落ち着かないじゃないですか、落ち着かせようと思って椅子に座ってもらってるんですから、
 
ああー、そうなんすね。
 
 
  椅子、歌い出す。
 
 
なんですか、これは、
 
奈良井
気にしないでください、マダムの元カレはフォークシンガーだったのです。
 
マダムの元カレフォークシンガーなんですね、いや、だからってなんで椅子から濁声のなごり雪が聞こえて来るんでしょうか?耳からだけでなく皮膚からもなごり雪が浸透してくるようで嫌なんですが、
 
奈良井
すみません、一度歌い始めると終わりまで歌い終わらないんですよ、この椅子。
 
え、これ椅子なんですか?
 
奈良井
え?
 
これ、椅子なんですか?
 
奈良井
椅子ですよ、何言ってるんですか?
 
いや、なんかちょっと汗臭いし、この椅子、
 
奈良井
そうですね、汗臭い人が座ってたのでしょう、汗臭い人が座った椅子は汗臭くなるものでしょう、それが世界の法則ってやつですよ、
 
なんすか世界の法則って、随分おっきな話になりましたね、
 
奈良井
質問をさせていただきますね、
 
質問?
 
奈良井
適正試験ですので、
 
あ、そっか適正試験か。
 
奈良井
あなたは人を殺したことがありますか?
 
、、、随分物騒な質問ですね、
 
奈良井
え、あるんですか?
 
ないですないです、あるように見えますか?
 
 
  奈良井、スマホをいじる。
  峰に電流が流れる。
 
 
あう、
 
奈良井
制裁です。
 
え、えー。
 
奈良井
私が質問をする側で、あなたが質問を受ける側。あなたが私に質問をすると電流が流れます。
 
へえ、どんどん物騒になってきますね。
 
奈良井
あなたは人を殺したことがありますか?
 
ないです、ないです。
 
奈良井
あなたは人を殺そうとしたことがありますか?
 
うーん、殺そうとしたこと?殺そうとしたことか?それってどのくらいの範疇が殺そうとしたことに入るんでしょうか?
 
 
  奈良井、スマホをいじる。
  峰に電流が流れる。
 
 
あう、そうだった、質問しちゃダメだった。
 
奈良井
あなたは人を殺そうとしたことがありますか?
 
ないです、平和が一番ですからね。
 
奈良井
あなたは今から人を殺せと言われたら殺せますか?
 
いやー、殺せませんね、なんでそんなことしなきゃならんのですか、
 
奈良井
あなたはなごり雪、好きですか?
 
なごり雪?、え、なごり雪?、質問の落差すごいな、うーん、考えたことなかったけどどっちかっていうと好きかもしれない。
 
 
  椅子が動く。
 
 
あ、やっぱこれ椅子動いてるよね?
 
 
  奈良井、スマホをいじる。
  峰が座ってる椅子が蠢く。
 
 
ああ、あああ、ああああ、気持ち良い、マッサージしてくれてる、何これ、気持ちいい。
 
奈良井
マッサージチェアにもなっているのです。
 
ああ、あああ、ああああ、気持ちいい。銭湯行きたい。
 
奈良井
マダムも銭湯が好きです。それも昔ながらの銭湯が好きですね、スーパー銭湯じゃなく、スーパーじゃない銭湯、スーパーじゃない銭湯に入った後に飲むコーヒー牛乳に、勝るものはありません、ってのがマダムの口癖です。
 
随分庶民的なマダムなんですね。
 
 
  椅子が光る。
 
 
え、え、
 
奈良井
ご安心ください。
 
え、なんで光ってるの?
 
 
  椅子の光が峰の真ん前に収束していき、マダムのホログラムが現れる。
 
 
誰ですか?
 
奈良井
マダムです、
 
あ、、、でしょうねえ、
 
マダム
セキュラスタラ、シャクウナウェン、ハンドラヒューストン、ピチカートファイブセゾリットン、
 
あ、え、あ、何語?
 
奈良井
マダムは大変あなたを気に入ったと申しております。
 
え、なんで?
 
マダム
サカナムセラシンド、シュタフゲーノルド、ポップラーシンギング。
 
奈良井
あなたを私の星に招待したいと申しております。
 
日給十万円で?
 
マダム
ペサ。
 
奈良井
日給十万円で。
 
マダム
ポッサヒン。ペサ。
 
奈良井
銀行振り込みで。日給十万円で。
 
日給十万円かあああ、
 
マダム
ペサ。
 
奈良井
日給十万円で
 
マダム
今朝を待つ宵の幕は、包茎をー、背にしてる、破滅怖いの駅を通ってる。
 
変ななごり雪歌うのやめてくれませんか?
 
マダム
ペサ、ヒッテンポラリー。
 
奈良井
日給十万円で、愛の言葉を教えてちょうだいな。
 
日給十万円かあああああ。
 
マダム
ペピン。
 
 
  椅子が動き、変な濁声のなごり雪を歌い始める。
  マダムのホログラムは消えている。
 
 
ああ、ああ、気持ち悪い。
 
 
  椅子に電流が流れる。
 
 
ああ、ああ、ああ、気持ち良い。
 
 
  椅子がマッサージチェアとして動き始める。
 
 
ああ、ああ、ああ、気持ち悪い。
 
 
奈良井
どうしますか?
 
どうしますかって言われましても。
 
 
  椅子は峰を持ち上げたり降ろしたり、上下運動を繰り返す、
 
 
奈良井
ゲートをオープンすれば、十分でマダムのところへ行くことができます。
 
あなたは誰なんですか?
 
奈良井
私はただのバイトです。
 
日給十万円の?
 
奈良井
いや、時給1,150円です。
 
あ、あ、なんかすみません。
 
奈良井
いえいえ、普通にビズリーチで募集してました。
 
ああー、タバコ吸って良いですか?
 
奈良井
ああー、ちょっとバイトなのでわかんないんですけど、多分、ダメだと思うんですが、屋内なので、
 
ああー、
 
 
  椅子、上下運動を繰り返す。
 
 
奈良井
どうしますか?
 
ああー、いったん、いったんなんですけど、そこの駅前の上島珈琲店行きません?、そこの上島珈琲店の椅子フッカフカでもう最高なんですよ、ここの椅子はちょっと濁声で汗臭くて、冷静にモノを考えられないですよ。
 
奈良井
ええ、でも私バイト中ですし、ここ離れるわけには、
 
一瞬、一瞬だけ、ね、一瞬だけ、パンケーキ奢るから。
 
奈良井
パンケーキかあ、パンケーキかあ、パンケーキ、、、かあ。
 
 
  峰、椅子から、降りて、椅子を蹴る。
 
 
椅子
いてっ。
 
え、いてって言った。いてって言ったよ。
 
奈良井
言いましたね。
 
言いましたねって、何?なんなのこれ?
 
奈良井
フルーツのってるパンケーキでも良いのでしょうか?
 
良いよ良いよ、なんでも奢るから、金ないけど。
 
 
  峰、奈良井、出ていく、
 
  椅子は濁声の変ななごり雪を歌いながら上下している。
 
 
終わり。