新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

戯曲集「カッツさんのターク」を読む会1 〜「朧月」前編〜

★登場人物紹介
峰、カップ麺の容器を集めるのが趣味、劇団員
佐田原、猫舌、劇団員
耳子、穴岩耳子、26歳、魚座、劇団員


○前回までのあらすじ
峰はある日、つまんないパフォーマンス見た気晴らしにパチンコでも行こうかと思って歩いていると、ビルの端っこに「カッツさんのタークあり〼」と書かれた張り紙が。「カッツさんのターク」とはなんぞやと地下へと降りて受付で受け取ったものは、戯曲集らしいA3用紙の束と偽札の百万円だった。せっかくなので、劇団仲間の佐田原と耳子くんを誘って「カッツさんのターク」戯曲集を読む会を開くことにした。


戯曲集「カッツさんのターク」を読む会1 〜「朧月」前編〜


稽古場。


佐田原、寝転がっている。


耳子、入ってくる、


耳子
お疲れ様でーす、


佐田原
ああー、お疲れお疲れ、


耳子
よいしょ、と、ふー、


佐田原
ええー、すごい荷物だね、


耳子
そうなんですよ、なんか撮影あって、夜、衣装候補持ってきてって言われて、


佐田原
え、なんの撮影?


耳子
え、なんの撮影だろ、


佐田原
え、わかんないの?


耳子
え、わかんない、


佐田原
え、そんなことってあるかね、


耳子
なんか、ちゃっちい恋愛ドラマの台本渡されてるんですけど、なんの撮影なんだろ、


佐田原
ふーん、


峰、入ってくる、



ういーす、


耳子
お疲れでーす、



耳子くーん、今日はどうもありがとうね、


耳子
いえいえー、ちょっと着替えてきますね、



はーい、


峰、カバンから、A3用紙の束を取り出す。
峰、パンを食いながら、


ちょっと聞いておくれよ、


佐田原
なによ、



さっきコンビニでコピーしてたんだけどさ、


佐田原
あー、



今のコンビニのコピー機、千円入るって知ってた?


佐田原
へー、



知らなくて店員に両替頼んだらさ、千円入りますけどって言われちゃったよ、けど、って言われちゃったよ、もうなにもかもやだわー、


佐田原
うわー、本当それ、本当それだわー、



え、なにが?


佐田原
本当、なにもかもやだわー、



え、なに、なんかあったの?


佐田原
なんもないよ、なんもないからやなんじゃん、



なに怒ってるの、


佐田原
だからなんもないのよ、



あー、なんもない系のやつね、わかるわかる、


峰、出てく。


佐田原
はあー、


耳子、ジャージで来る、


耳子
どうしたんですか?


佐田原
耳子くんってジャージ似合うね、


耳子
それって誉めてるんですか?


佐田原
誉めてる誉めてる、


耳子
溜息すると幸せが逃げますよ、


佐田原
耳子くんってそういうこと言うよね、


耳子
だって本当にそう思ってますもん。


佐田原
はあー、


耳子
あー、また、逃げちゃうから、ほら、今、幸せ出ちゃいましたから、ほら、拾って、拾って、


佐田原
いいよいいよ、僕には幸せなんてもったいないよ、


耳子
じゃ、わたしもらっちゃいますよ、さささささー、っと、


佐田原
それ、僕の幸せだからね、大事にしてよ、


耳子
え、それなんか、あれですね、なんかこの幸せ生暖かそうで、あれですね、ちょっとやめとこ、


佐田原
えーー、なにそれ、えーー、なんか、なにそれ、


耳子
いや、なんか深い意味はなく、ですよ、


佐田原
えーー、でもせっかくの幸せなのに、せっかくの幸せなんだから持って行ってよ、遠慮せず、


耳子
だって他人の幸せだし、やはりそこは、自分で、勝ち取っていかなきゃならないんじゃないですかね、幸せなんで、


佐田原
はあーー、


耳子
、、、


佐田原
え、浮いてるよ、幸せ、ほらほら、行っちゃうよ、幸せ、


耳子
あ、いいですいいです、わたし、自分の幸せを胸に生きていきます、


佐田原
自分の幸せねえ、


耳子
幸せなんて、そこらじゅう一杯落ちてるから、欲張らずに拾ってこうってミスチルが歌ってますね、


佐田原
へー、ミスチル、マジミスチルだね、


耳子
今日ってなんの会なんですか?


佐田原
え、聞いてないの?カッツさんのターク読むんだよ、


耳子
そそ、その、カッツさんのタークってなんですか?


佐田原
え、聞いてないの?峰くんが謎のビルで手に入れた謎の戯曲集だよ、


耳子
謎すぎ、謎すぎるんですけど、


佐田原
ちなみに僕もよくわかってないよ、


峰、入ってくる、



おらあー、


耳子
びっくりしたあ、


佐田原
タバコくさ、



野郎ども、


耳子
はい、


佐田原
野郎じゃないよ、



読むか、そろそろ、


耳子
はい、



じゃあ、これ、


耳子
どうも、



じゃ、急だけど、適当に読んでいこうか、


佐田原
急だな、


耳子
サーイエッサー、



一作目ね、登場人物は猿が佐田原で、蟹が俺で、


佐田原
猿蟹合戦なの?



猿蟹合戦じゃないよ、


佐田原
猿蟹合戦じゃないんだ、



で、臼は耳子くん、


佐田原
猿蟹合戦じゃん、臼なんて登場人物猿蟹合戦以外では登場しないのよ、



猿蟹合戦じゃないよ、タイトル別のついてんじゃん、


佐田原
なんだよこのタイトル、「朧月」、カッコ良いよ、カッコ良すぎて登場人物と釣り合ってないんだよ、猿、蟹、臼で朧月とどう繋がんだよ、どんな内容だよ、


耳子
まあまあ読めばわかるんですから、



そうそう、読めばわかるから、じゃあ、ト書きは俺読むわ、


峰が読むト書き
朝、荒野、猿が右足を引きづって歩いている。
微かな歌声が聞こえる。
遠く眠るは大根の、
近く眠るは小松菜の、
土が残ってじゃりじゃりと、
おっかあ、これじゃあ、食えりゃんせ、
遠く眠るはモミの木の、
近く眠るはカシの木の、
樹液垂れてはダレダレと、
おっかあ、これじゃあ、登りゃんせ、
遠く眠るは、


佐田原演じる猿
ああ、ああ、欲というのは失せぬものか、こないな姿になってまで、生きながらえようと歩く足、俺はおそらく猿だった、俺はおそらく笑ってた、足が棒とは良く言ったものだ、この足の感覚は確かに棒だ、棒。
棒、棒、俺はおそらく猿だった、キッキキッキと笑ってた、なんとも言えない銃声が聞こえた、聞こえたというより響いてた、俺の右足震わすは、赤紫の銃弾だ、赤紫の銃弾が、俺の右足をえぐりえぐり、緑色の血が滴った、地面が濡れた色付いた、足が棒とは良く言ったものだ、この足の感覚は確かに棒だ、棒。
棒、棒、棒と言うのはなんだろう、枝と言うのは木の枝だ、棒と言うのはなんだろう、
ああ、ああ、今日も寒いですお袋様、あなたのつくるお汁粉が、食べとうございますお袋様、あなたの手の温もりが、あなたの指の落ち着きが、あなたの目の安らぎが、今では遠く感じます、水だ、


峰が読むト書き
瓦礫の残骸の中から井戸を見つけ、駆け寄る。


佐田原演じる猿
水だ、確かに水だ、水の匂いがする、水の空気がする、石を落としてみるか、


峰が読むト書き
猿、そこらの石を拾い、井戸に落とす。
しばらくして、ポチャン、と音がする。


佐田原演じる猿
結構深いぞ、さて困った、桶がない、どうやって掬うか、
(辺りを見回し)桶、桶、桶はないか、俺の喉を潤す、俺の右足を潤す、俺を潤す桶はないか、瓦礫、瓦礫、瓦礫の山だ、チクショウ、


峰が読むト書き
蟹、現れる。


峰演じる蟹
もし、水を飲みたいか、


佐田原演じる猿
お前は誰だ、


峰演じる蟹
水を飲みたいかと聞いておる、


佐田原演じる猿
名を名乗れ、


峰演じる蟹
名などない、名があれば先に名乗ろう、国籍があれば先に告げよう、けれどワシらはその全てを失ってしまったではないか、お主には名があるのか、


佐田原演じる猿
俺は、俺は、忘れてしまった、俺の名を、


峰演じる蟹
ほうれ、見たまえ、


佐田原演じる猿
何故だ、何故思い出せぬ、


峰演じる蟹
思い出せぬはないからじゃ、名などはじめからないからじゃ、


佐田原演じる猿
俺には名があった、とても長い名だ、とても長いが故に覚えるのが難しかったのだ、故に忘れてしまったのだ、


峰演じる蟹
名とは、


佐田原演じる猿
名とはなんだ、


峰演じる蟹
名とは、誰かから呼ばれるためのものである、誰かに呼ばれなければそれは名ではない、お主は誰かにその名を呼ばれたか、


佐田原演じる猿
確かに、確かに呼ばれたことがある、そのことだけは自信がある、水が飲みたい、


峰演じる蟹
水が飲みたいか、


佐田原演じる猿
水が飲みたい、溺れるほどに、桶はないか、


峰演じる蟹
わしの家に来るのじゃ、たんまりと水がある。


佐田原演じる猿
水が、


峰演じる蟹
水じゃ、たんまりある、


佐田原演じる猿
断る、


峰演じる蟹
何故じゃ、


佐田原演じる猿
語尾にじゃをつける輩は信用ならぬ、



ええー、そこ〜、


耳子
そこなんだ、


佐田原演じる猿
語尾にじゃをつける輩は信用ならぬ、


峰演じる蟹
お主、水を飲みたくはないのか、


佐田原演じる猿
飲みたい、驚くほどに、喉から手が、いや、肩、胴体、頭足が出るほどに飲みたい、


峰演じる蟹
ならばお主、わしの家に来い、


佐田原演じる猿
断る、


佐田原
断るんだ、


峰演じる蟹
何故だ、


佐田原演じる猿
相手をお主と呼ぶ輩は信用ならぬ、



そこなんだ、


耳子
そこなんですね、


佐田原
このやりとりなんなん、


峰演じる蟹
待て、落ち着こう、君は水が飲みたいのだよな、


佐田原演じる猿
俺は水が飲みたい、喉から手が、いや、肘、肩胴体、


峰演じる蟹
わかったわかった、君、尋常じゃなく水が飲みたいのだよな、いいんだよね、水、飲みたいでいいんだよね、


佐田原演じる猿
俺は水が飲みたい、できればたらふく肉を食いたい、


峰演じる蟹
だよね、そうだよね、うん、じゃあさ、ね、頑張ろうよ、ねえ、頑張ろう、君、わしのこと、いや、僕のこと、嫌いかもしれないけどさあ、ちょっとの我慢じゃん、ちょっと頑張って耐えて僕の家来てくれたら、ね、水もご飯も食べられるのよ、ちょっとじゃないの、


佐田原演じる猿
ここに井戸がある、桶さえあれば水が飲める、


峰演じる蟹
こんな汚い水飲めないよ、冷静になろう、ね、頑張ろうよ、僕の家来れば水が飲めるって言ってんだから、ね、行こ、僕の家に、


佐田原演じる猿
断る、


佐田原
頑固だな、


耳子
行ってあげりゃあいいのに、


峰演じる蟹
え、何故、怖い怖い、何故にそんな拒むのよ、え、待って待って、怖い怖い、え、いいのよ、別に、わし、君ほっぽって一人で家帰ったっていいのよ、え、わしメリットなんにもないのよ、君に水あげてもご飯あげても、わしメリットなんにもなくて、君メリットだらけなのよ、君今めっちゃ大きいメリットよ、メリットの怪物よ、君、え、君、わしなんかよこせなんて一ミリも考えてないからね、え、わかる?言ってる意味わかるよね?


佐田原演じる猿
断る、


峰演じる蟹
断るってなんなのよ、今断る断らないの話じゃなくて、言ってる意味わかるかどうか聞いたんでないの、え、なに、そんなに嫌、そんなに嫌ならいいよ、行くよ、俺、一人で行っちゃうよ、


佐田原演じる猿
断る、全てにおいて、俺は断る、何事に対しても、俺は断る、断る、断るために生まれてきたのが俺だ、俺の断りが、お前を傷つけようが怒らせようが知ったこっちゃない、俺は名前を断った、故に解放されている、断る、この響き、この切れ具合、断る、断る、横から切る具合ではないな、縦から一刀両断って具合だな、断る、言葉の断絶だよ、俺が断るのはお前が嫌いだからではないよ、お前を切るためさ、お前を見ていると何故だろう、いじめたくていじめたくて仕様がないのさ、 けれどそれはお前が嫌いだからではないよ、俺とお前は今はじめて会ったばかりじゃないか、俺がお前に対して知っていることといえば、お前は自分のことをわしと言い、相手のことをお主と言い、語尾にじゃをつける輩ということだけだ、断る、その存在全てにおいて、断る、俺は右足に断られた、俺は時代に断られた、俺は俺が断ることができる対象を探していた、それがお前だ、俺はお前を全面的に断る、俺はお前を断固として、一刀両断に切る、


峰演じる蟹
わかった、そこまで言うならば仕方ない、諦めよう、しかし最後にこれだけ言わせてくれ、


佐田原演じる猿
何だ、


峰演じる蟹
俺の家には女がいる。


佐田原演じる猿
女。



はい、1場終わり。


佐田原
なんなん、


耳子
なんで、猿と蟹なんですかね、



え、おもしろくない?結構?


耳子
いや、おもしろいですけど、なんで猿と蟹なんですかね、


佐田原
やっぱ猿蟹合戦関係あるよね、


耳子
あー、なんで猿蟹合戦、


佐田原
いや、そうなんだけど、



ま、でも猿が蟹をいじめたくなるって言ってるのとか、


佐田原
そうそう、猿蟹合戦ぽいよね、



だからなんだって話なんだけど、


耳子
あと、蟹の言葉が、最初厳かめだったのが途中から、え、待って待って、とか、だよね、とか、急に現代の人のしゃべりに近づくのとか、え、いいの?作品世界観壊れちゃわないって感じで、



そうね、まあ、でもそれがユーモア、狙ってるのか、この作家のヒロアキ正念場さんの味みたいなものなのか、


耳子
ヒロアキ正念場、ヒロアキ正念場って名前なんですか、作家さん、



ねえ、すごい名前だよね、


耳子
ほえー、いや、わたしも他人の名前のことなんも言えないんですけど、



穴岩耳子、


佐田原
穴岩耳子ってすごいよね、



え、なんで穴岩耳子なの、


耳子
あ、それは、うーん、ま、いろいろいろあってってことなんですけども、ま、そのいろいろを話すとちょっと長くなるんで、ちょっとというかかなり長くなるんで、うん、また、今度で、



えー、いいよいいよ、長くなっても、ねえ、


佐田原
うん、


耳子
や、その辺ミステリアスにしときたい的な気持ちもあって、


佐田原
え、なんでミステリアスにすんのよ、


耳子
そうそう、うん、あのう、簡単に言うと、餃子が関係してくるんですけど、



餃子、


佐田原
すごい、さらにミステリアスじゃない、


耳子
そそ、そうなんです、これ、餃子ってワードだけ残しておくとさらにミステリアスになるんですよ、



え、でも餃子と耳が似てるからってことじゃないの、


耳子
いや、まあそうなんですけど、


佐田原
まあそうなんだ、


耳子
そもそも最初は穴岩餃子って名前にしようと思ったんですけどね、マネージャーさんからご当地グルメと間違われるからダメだって言われちゃって、


佐田原
ご当地グルメ



浜松餃子みたいな、


耳子
そうですそうです、本当そのまんま、浜松餃子みたいじゃんって言われました、


佐田原
おいしそうじゃん、浜松餃子


耳子
ですよね、おいしそうだからいいじゃんってわたしも思ってたんだけど、



浜松餃子ってあれだよ、モヤシ乗ってるだけだったよ、


佐田原
あ、食べたことあるんだ、



うん、高校の同級生が浜松の大学行ってて、一回浜松行って、


佐田原
へえ、いいね、



よくないよ、モヤシなんで乗ってんだよって思ったよ、


佐田原
え、いいじゃんいいじゃん、モヤシ乗ってるのかわいいじゃん、ねえ、


耳子
ええ、



かわいい?かわいいかな、かわいいの感性変じゃない二人とも、


耳子
え、まあ、かわいいですよ、浜松餃子



いや、もう、浜松餃子の話はいいんだけど、


佐田原
でもそもそも、穴岩餃子って名前にしようとしていたってのが、あれよね、意味わかんないよね、


耳子
あー、



うん、意味わかんないし、狂ってるよね、


耳子
狂ってないですよ、ちゃんと理由あるんですよ、ちゃんと理由あるんですけど、長くなるんで今度しますよ、さ、2場に行きましょうよ、



うん、まあ行くか、


佐田原
あ、ごめん、その前にトイレ行っていい?



あ、そうね、じゃ、ちょっと休憩で、


佐田原
漏れるー、


佐田原、出てく。



あ、じゃあ、タバコ、


耳子
はーい、


峰、出て行く。


耳子、ポツンと取り残される。


ペットボトルのお茶を飲み、ラベルをジッと見つめ、
ピリピリピリピリとちょっとづつ点線に沿ってめくる。


続く。