新頭町戯曲集

複数人の作家で作られる戯曲によるエセメタバース

世界のお弁当

「世界のお弁当」


登場人物


時生、隠れグルメ。
店主、店を一人で切り盛りしている。




居酒屋、
客席に向かってカウンター。


カウンターから下手側、高めのところにテレビ。
席に座った客からも、カウンター内の店主からも見られるように若干斜めって備え付けられている。


店主、カウンターからテレビを見ている。


時生、入ってくる。


店主
いらっしゃい。


時生、アルコール消毒をし、席に座る。
店主、水運んでくる。


時生
Aランチで。


店主
はい、Aランチね。


店主、Aランチの準備を始める。
時生、テレビを見ると、ニュースが流れている。


アナウンサー
今朝、衿沢駅近くの公園と見られる場所で、女子中学生と見られる女性が三十代と見られる男にカッターナイフと見られる刃物で切りつけられました。男は女子中学生の腕と見られる数箇所に傷を負わせたと見られ、逃走を続けていると見られています。


時生、スマートフォンをいじくる。


アナウンサー
本日、荒崎町グリーンパークが開園20周年を迎え、ゆかりのアーティスト達、約10組が集結するアニバーサリーライブが行われる模様です。アニバーサリーライブは今夜19時から開演され、エザナモ、デリーストラクチャーズ、渾沌とした労働、などの人気グループが、人間と動植物の垣根を越えた、センシティブでパラサイト感あふれる、ピューロフルなライブをぶちかます模様です。現場には益川アナウンサーがいるようです。益川さん、益川さーん。


益川アナウンサー
はーい、私はこちら、荒崎町グリーンパークに訪れています、わーかわいい、うさぎさんですねーわーかわいい。うさぎさんと言えばですよね、見てください、この耳、この耳をピョンと跳ねているのが伝わりますでしょうか。わーかわいい、それで、ですね、私も、こちら、うさぎさんになれるセットというのがありましてですね、うさぎさんになってみましたー、どうですかー。


アナウンサー
へー、かわいい。


益川アナウンサー
かわいいですよねー、今日の20周年記念アニバーサリーライブなんですが、私がしているうさぎさんセットの他にも、カエルさんセットや、牛さんセット、やぎさんセットにひまわりさんセットと様々な動植物に変身できちゃうんですー、こういう風に、人間以外の生物達にもシンパシーを感じながら、今日の夜からのライブ、盛り上がっていこうとしているんですねー、どうですか、皆さん、盛り上がってますかー?


周辺の客達
うえーーー!


益川アナウンサー
すごーい、盛り上がりようですね!うえーーー!


アナウンサー
益川アナウンサー、益川アナウンサー、これ、ライブ19時からですよね、まだまだ時間ありますよね、19時までこのテンション保つんですか?


益川アナウンサー
宮橋さん、違うんですよ、保つかどうかじゃないんすよ、保たせるんすよ。


周辺の客の一人
そうだー!よく言った!


益川アナウンサー
ありがとうございます、皆さん、どうですか?テンション保っていけますか?


周辺の客達
イエーーー!


益川アナウンサー
だ、そうです、現場からは以上です!


アナウンサー
はい、とても楽しそうな雰囲気が醸し出ていますね。19時からのライブ、見に行きたいなー。私も。


別のアナウンサー
行っちゃえば良いじゃないですか。


アナウンサー
ええー、だって私、アフターファイブは盛り上がらないって決めてるんです。


別のアナウンサー
なんなのなんなのそのルール、やぶっちゃいなよ、今すぐ殻破っちゃって、盛り上がっちゃいなよ、


アナウンサー
ええー恥ずい恥ずい、この歳で今から盛り上がれるかっつーの、ああっと、まずいまずい、CMの後は、ジェフとナンシーの世界のお弁当のコーナーです。


CM流れる。
文化祭気分で適当に作ってもいいし、とにかく何らかの形でCM流れる。


CM中に、A定食の準備ができ、


店主
はいお待ち、A定食ね、


時生、定食に向かう。
店主、調理器具を洗っている。


時生
今日のA定食は牛ハラミ定食ときた。全く。マスターってば、粋なメニューを用意してくれやがるぜ。まず、目に浮かぶの牛ハラミなのは間違いない、キャベツの千切りの山に寝転ぶ牛ハラミ達、全く、綺麗に雑魚寝してやがる、可愛い奴らめ。おおっと、キャベツの千切りの山の隣の小さな山は何だ。ポテトサラダ、いや、でも紫だぞ、紫のポテトサラダ、ったく。マスターってば、また創作料理を編み出しやがったな。豆が見えるポテトサラダなんて聞いたことないぜ、だけど、まずは味噌汁を、と。うまい、沁み渡る、心に、心に沁み渡る味噌汁だな、こりゃあ。魚介類系の出汁が効いていて最高にうまい、いやー、これこれ、これだからここの味噌汁はやめらんねえ、ここのマスターはその日の仕入れ具合によって味噌汁の実を変えるってのは把握済みなわけだが、カニが入っている時もあれば、キャベツと油揚げの時もあった。もちろんカニが今までで一番うまかったわけだが、今日のこれは、なんだ、魚、魚なのは間違いない、なんらかの魚が入っている。しかしうまい、もちろんカニの方がうまかったけども、その次ぐらいにうまい。沁み渡る、心に。さあてさてさて、メインの牛ハラミへといく前に。問題の紫の小山の正体を突き詰めなければなりますまい。ポテトサラダ、なのは間違いない、しかし、この豆、もしや。うまい、これは、味わったことないジャンルのポテトサラダだわ。レーズン、レーズンが入ってる、レーズンが入ってるポテトサラダ、ったく、チックショー、負けたぜ、レーズンだって、レーズンの深みとポテトのぬめりのハーモニー、ったくう、ったまんねえな、負けました、おいそれしました、それから、遂に遂にこの牛ハラミ、よろしくお願いいたしまーす、あー、うまい、あー、最高、この肉肉とした肉が、口の中でハーモニーを奏でて、まるで、まるでダムが決壊したように、旨味が、溢れ出てくるニュアンスが、ったくう、ったまんねえなー、負けました、おいそれしました、ご飯に合います、どんどん進みます、レーズンポテトサラダとの酸っぱみとの相性も抜群、最高でございます、味噌汁もうめー、


テレビ、「世界のお弁当」のコーナーが始まる。


ジェフ
ハーイ、こんにちはー、「世界のお弁当」のコーナーが始まりましたー、


ナンシー
よろしくお願いしますー。


ジェフ
突然だけど、ナンシーはお弁当の中身だけではなくて、外見もこだわっているらしいねー。


ナンシー
そうなの、見てー、これこれー、


ジェフ
わー、なんだ、なんだ、


ナンシー
曼荼羅柄のバンダナよ、これで私のお弁当は包まれているの。


ジェフ
マンダラ、マンダラ、てのは、なんですかー。


ナンシー
曼荼羅ってのは、宇宙よ、そして未来であり、過去でもある、あったかもしれない希望のことかもしれないし、いつまでかかっても手に入らない宝玉のことかもしれない、だけど永遠の眠りに必要な均一的自己の探求と可変的


ジェフ
さあー、今日はどんな世界のお弁当と出会えるのかなー。


ナンシー
んんー、楽しみー、


ジェフ
VTR、スタート、


効果音 チュルルルルル〜、


ヌアンディ
ハーイ、こんにちは、今日はとってもスペシャルな我が家のお弁当を紹介させてもらうわよ、こっちは、娘のクアンディよ、


クアンディ
あ、あ、ママの作るお弁当とーっても最高なの、




ジェフ
クアンディちゃん、カワイイね、


ナンシー
今日はどんなお弁当を紹介してくれるの?




ヌアンディ
今日のお弁当はね、これよ、


ヌアンディ、お弁当を見せる。


ジェフ
うっわ〜、


ナンシー
わー、カワイイー、


ジェフ
すっごい凝りようだねー、


ヌアンディ
マニエント共和国の代表的古代遺跡、ハナフィスの洞穴の天井に描かれた壁画、ナランティーノの崩壊を予言する酒豪の怪傑エリストバローを中心に、海の覇者サマフィン、未来から来た猫スペランチーノ、声の起源となった生物アナナン、オリーブの木と人間のハーフ、ハナロンチドロンを散りばめたお弁当なの、




ジェフ
すっごーい、これはどうなっているのー?


ナンシー
作るの大変そー、




クアンディ
ママが三日かけて作ってくれたの、


ヌアンディ
大変だったわ、




ジェフ
三日!?すごいなあ、


ナンシー
これは、どうやって作るの?




ヌアンディ
作り方ね、説明が難しいんだけど、考えとしての作り方は簡単よ、ご飯を敷き詰めるでしょ、その上に、薄く焼いた卵焼き、これが黄色、海苔、これが黒、レタスは薄緑、ワカメは深緑、赤は明太子、様々な色となる食材を用意するの、用意した食材をハサミで切ったり、丁寧に塗りつけたりして、ご飯の上に絵を描くのよ、考え方としては簡単だわ、だけど実際に作ってみるとこれがもう、難しくって難しくって、手を焼いたわ、卵焼きを焼く前にね、アッハッハ、




ジェフ
おーう、ナイスジョーク、


ナンシー
これは、流石に真似ができそうにないわね、




ヌアンディ
真似をする必要なんてないと思うわ、あなたはあなたの絵を描けばいいのよ、ご飯の上にね。私は身体の奥から描きたいと思ったのが酒豪の怪傑エリストバローであったように、あなたの身体の奥からご飯の上に描きたいと求めている風景があるはずよ。私の娘は今日、私の渾身の作品を食すわ、だけど私はそれを惜しいとも思わないの、私は三日かけてこの作品を作った、だけど作品と言ってもお弁当はお弁当よ、お弁当は食べられるものなの、食べられないお弁当は腐っていくだけだもの、作品の腐敗がこの作品のテーマではないもの、この作品は、私の娘が食してやっと完成するというわけ、娘のお腹は満たされることでしょう、だけどお弁当箱は空っぽになる、これが世の中の真理でしょ、ここにあったものがこっちに移動する、するとここにあったものはなくなる、そんな当たり前のことを誰もが本当の意味で分かっていないのではないかしら、エリストバローはいた、だけど今はいない、こっちからあっちに移動して土になった、ただそれだけの話よ、しかしながらエリストバローはただの伝説で実在しなかったという人がいる、私としてはこっちの方が魅力的なの、こっちからあっちに移動するのが真理なのに、実在しないエリストバローはどこから来たのかってこと、エリストバローは誰かの身体の中から生まれ、壁画に描かれた、つまり移された、私は私の中のエリストバローをご飯の上に描いた、エリストバローの伝説に出てくる海の覇者サマフィン、未来から来た猫型のやつスペランチーノ、アナナン、ハナロンチドロンらと共に、これは絵を描くというよりも物語を描いたと言ってもいいんじゃないかしら。私の娘クアンディは今日エリストバローの伝説を食すの、エリストバローの伝説はクアンディの唾液に溶かされ、胃液に溶かされ、腸に吸収され、娘の一部となる。ああ、なんてことでしょう、こんな素晴らしいことはないわ。


クアンディ
お母さん、私、これ食べたくない。


ヌアンディ
な、あなた、今、なんて、


クアンディ
お母さんの三日かけて作ったお弁当、食べたくない。


時生、テレビに見入っている。
店主、調理器具も洗い終わり、テレビに見入っている。


ジェフ
クアンディちゃん、そんなこと言っちゃダメだよう、


ナンシー
そうよ、せっかくお母さんが頑張って作ったものなのに、




ヌアンディ
いけません、食しなさい、あなたが食さなけれな、私のこの三日間が台無しになります、


クアンディ
私はお母さんの作品じゃないわ。私の唾液も胃液も伝説を溶かすことはできないし、私の腸もそれを吸収することなんてできないわ。私は私よ、あなたから移動してきたのが私よ、だけど、私はこれからドンドン大きくなるわ、育っていくの、私は私の体の中で移動していくの、伝説と私が一体となることがなんになるの、それより美味しいご飯を作ってよ、卵と海苔と明太子の味がグチャまぜになった味はもう飽きたわ、それって伝説に飽きたってこと、大変なこと言ってる、私、伝説に飽きるなんて言っちゃった、いけない、だけどどこから来たかなんて私にはどうでもいいの、エリストバローはいた、またはエリストバローの伝説があった、ただそれだけのことじゃないの、お母さん、美味しいお弁当が食べたいわ、適当に作ったお弁当が食べたいわ、世界に一つだけのお弁当なんていらないわ、お母さんのお弁当なら、どんなに適当でもいいの、食べたいわ、できれば美味しいものがいいけどね、変なこと言ってる?


ヌアンディ
クアンディ、あなた、いつの間にそんなに大きくなったの、


クアンディ
お腹すいたわ、カップラーメンが食べたいわ、お母さんがお湯をそそいでくれたカップラーメンが食べたいわ、


ヌアンディ
買ってきましょう、買ってきましょうカップラーメンを、ありがとうクアンディ、お母さん大事なことに気付かされたわ、と、いうわけで、今からカップラーメン買いに行ってくるわ、


クアンディ
はーい、ジェフ、ナンシー、とっておきのお弁当、紹介させてもらったけど、今日のお弁当はカップラーメンになったの、ま、そんな日があってもいいよね、バアアーイ。




ジェフ
はーい、ヌアンディ、クアンディ素敵なVTRどうもありがとう、世界で一つだけのお弁当なんていらない、お母さんの作ったお弁当が食べたい、感動しちゃったよ、


ナンシー
私、涙ちょちょぎれちゃったわ、


ジェフ
さあーて来週はどんなお弁当に出会えるかな、


ナンシー
楽しみすぎて、唾液ダックダクだー、


ジェフ
それでは、


ジェフ&ナンシー
シーユーネクストオベントウー、


CM流れる。


時生、店主、しばらくぼんやりテレビを見てる。


時生、残った水を一気に飲み干す。


時生
ごちそうさまです。


店主
はい、八百円です、


時生
ええと、はい、


店主
じゃあ二百円お釣りね、
ありがとうございましたー。


時生、出て行く


店主、後片付けを始める


終わり。